摂食嚥下訓練器具『エントレ』について【その3】

今回は、舌の正しい使い方、間違った使い方がなぜ生じるか。
そして、哺乳行動(赤ちゃんがおっぱいを飲む行動)と顎の発達についてお伝えしたいと思います。

エントレが開発された、原点の話です。

哺乳(おっぱいを飲む)行動と顎の発達の相関
以前、日本にしばらく滞在していたドイツの大学の歯学部教授から、
「日本の若い人には、犬歯が唇側転移している例を多く見かけるが、何故なのか」
という質問があり、かなり日本人の歯並びの悪さが気になっている様子でした。

欧州では、八重歯はお揃えいい吸血鬼ドラキュラの牙と同様に見られ、あまり良い印象を受けないために、そのような質問が出たのではないかと思います。
ドイツでは乳幼児の顎の正しい発達のために、Dr.MüllerによりNUKのニップル(哺乳瓶の乳首)が開発されました。
これは乳児の発達程度に合わせ、ニップルの大きさやミルクの出る穴の大きさを変えて使用できます。
この乳首の持つ機能は、母親の乳頭に最も近似していて、乳児が正しい舌の使い方をするとミルクが出てくるように設計されています。

正常な哺乳行動では、乳児は母親の乳頭を口にくわえ込み、乳首を舌先で強く口蓋に押し付け、数か所の乳管開口部から分泌される乳汁を飲み込みます。
そのとき、唇に力を入れて吸引しながら下顎はわずかな前後運動をすると同時に、舌は口蓋へ押し付けられます。

その結果、乳児は舌の正しい動きを学習し、口唇には力が付き、口蓋は広大し、歯の生えてくる十分なスペースを確保することができます。

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人工授乳においても、このような哺乳行動が行わなければ、正しい顎の発達は望めません。
NUKは、この点を考慮して開発されたものです。

つまりNUKのニップルでは、ミルクの出てくる穴が口蓋側にあり、舌で押し付けることにより、ミルクは口蓋鄒壁に沿って排出され、舌いっぱいに広がった後、飲み込むように設計されています。
同時に咀嚼筋(口の周りの筋肉)の発達を促し、口の周りの機能は正常に発達してきます。

適正でないニップルの弊害
通常市販されているニップルは、乳首が長過ぎ、そのうえ大きな穴が先端にあり、しかも空気の取り入れ口まであるために、哺乳瓶を傾けただけで自然にミルクが流れ出してきます。
こうしたニップルを用いた場合には、乳児の意思に関係なくミルクが出てくるために、乳児は何の努力をしなくても、ただ飲み込むだけでよいということになります。

この場合、乳児は舌を細長く丸めニップルを包み込み、自分の意思とは関係なしに出てくるミルクをストップさせるために前方に押し付け、ピストン運動をするように前後に動かします。
その結果、人生の出発点である乳児期に間違った舌の運動を学習してしまい、飲み込み(嚥下)運動の際、舌を口蓋鄒壁(こうがいすうへき)に押し付けることができず、前に押し出す癖を脳に刷り込んでしまいます。

このような癖を持った人が成長すると、不正な歯並び、それに伴う発音の異常、さらに顎関節症等、様々な症状が現れてくることが予想できます。

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飲み込み(嚥下)運動の際、口蓋鄒壁に舌を押し付けた場合には、舌は下顎側にあるため、下顎は後退し、顎がリラックスできる位置とほぼ一致するため、バランスが保つことができます。
逆に舌の突出癖がある場合には、下顎は飲み込みの回数に応じて前後に動きます。

通常、飲み込み(嚥下)は一日に600回から2,000回といわれるので、この癖を持つ人では、正常者に比較して、下顎の前後運動に関与する筋の疲労が増すことが当然考えられます。
舌は下顎の水先案内の役目をしており、舌を前に突き出せば、それに伴って下顎は自然に前に出て行き、舌を側方にだせば下顎も同じ方向に移動します。

したがって舌の動く方向に下顎も移動することになります。

舌を突出させる飲み込み(嚥下)運動は正常な筋肉の使い方ができず、頬筋、口輪筋、オトガイ筋という口の周りの筋肉の緊張が強く現れてきます。
このようなアンバランスな筋肉の使い方の結果、臼歯は頬筋の緊張の影響で頬側から力を受け、歯並びは狭まり、前歯が広がり臼歯は内側に倒れてくる、Ωオメガ型歯列を形作ってしまうことになります。

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舌圧の研究
飲み込み(嚥下)をした時の口腔周囲の筋肉の圧力に関しては、舌側からの圧力よりも強いと言われています。
「正常咬合者と不正咬合者の上下前歯部における口腔筋圧の研究」という根津の報告によると、正常咬合者の場合、安静時には、上顎唇側圧平均7.2g/cm2、同舌側圧平均10.1g/cm2,下顎では唇側圧8.6g/cm2、舌側圧14.6g/cm2であり、上下とも舌側圧が唇側圧を上回っていました。

さらにつばを飲み込む時では、上顎唇側圧は60.0g/cm2、同舌側圧は123.2g/cm2で、舌の圧力が唇の圧力の2倍を示した興味ある結果を得ています。
この報告から、舌の力と唇や頬の力の不均衡が起きることにより、歯並びが悪くなることは容易に納得できます。

歯並びが悪い方は、飲み込み嚥下の際に上下の歯列の間に舌を突出させています。
「サ行「「タ行」「ラ行」の発音の際にも舌の突出が見られ、明瞭な発音の違いを区別できない結果となります。

このようにして、歯並びが崩れた治療に際しては矯正治療やかぶせ物の治療を行うことがしばしばありますが、見かけだけの修正という現象のみを治しても、その症状を現した原因を除去しなければ、発音の異常や口の周りの機能異常を治癒させることは不可能です。

「生命現象とは、内部環境を恒常に保つための努力である」といわれます。
生きている人間の心身は動揺しつつ安定を保っているものであって、もし恒常が破れて安定状態に戻ることができない程になったとき、それは病気となります。

そのため、人間の身体全体を考えたとき、どの部分から見てもバランスがとれ、左右・前後に偏らないことが理想です。

これは歯の位置についても同様です。

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嚥下の際の舌は口蓋鄒壁に押し付けた後、舌背部を徐々に押し付けていきます。

◆根津論文(歯学学報より)
エントレは、このような舌の癖、飲み込む時の癖を、治すために、開発されました。

そして、発案後、様々な効果があることを発見しました。
次回も、歯並びや発音が悪くなる原因について、より詳しくお伝えいたします。

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