Seminar reportセミナーレポート

筋機能療法エントレセミナー 開催報告〜咬合認定医 第10期 第6回〜
2025年11月16日、咬合認定医 第10期 第6回 筋機能療法エントレセミナーが開催されましたので、ご報告いたします。

ご挨拶
セミナーはまず、IPSG包括歯科医療研究会 副会長 岩田光司先生よりご挨拶をいただき、
続いて、IPSG包括歯科医療研究会 代表 稲葉 繁先生による筋機能療法についてのご講義がスタートしました。

筋機能療法 基礎と臨床
Myofunctional Therapy
IPSG包括歯科医療研究会 代表 稲葉 繁 先生
FKO(Funktionkieferorthopedie)
FKO(エフカーオー)とは、ドイツ・ヴュルツブルグ大学で始まった筋機能療法で、唇・頬・舌などの口腔軟組織の機能を積極的に活用する矯正治療です。
稲葉先生は、大学5年生(昭和38年頃)に初めてFKOの存在を知り、「口腔軟組織の機能を利用して歯列を整える」という考え方に強い興味を持たれたことが、現在の臨床の原点であるとお話しされました。
大学院時代には、アメリカから来日した理学療法士、ツィックフーズ先生による筋機能療法の講演を聴く機会があり、その経験もまた、現在の筋機能療法・エントレの礎となっているそうです。

哺乳と舌癖、歯列不正との関係
当時から、日本人の子どもや大人の歯並びの乱れに強い違和感を持っていた稲葉先生は、
その原因のひとつを哺乳瓶の普及と使い方に見出していきます。
自然な母乳哺乳と哺乳瓶には大きな違いがあります。
自然な乳首の形と哺乳瓶のニップルの形は本来異なり、特に日本の哺乳瓶は穴が大きく、空気孔もあるため、赤ちゃんの意思とは関係なくミルクが流れ込んでしまいます。
その結果、赤ちゃんは出過ぎるミルクを止めようとして舌を前方に突き出し、舌突出癖が形成されやすくなります。
この舌癖が、成長とともに歯列不正や開咬へとつながることが多いと解説されました。
稲葉先生は、より生理的な哺乳に近いものを求める中で、ドイツ製NUKのニップルに出会い、現在ではIPSGとしても推奨している経緯をお話しされました。

若き日の症例とFKO的発想の応用
1969年の症例(口唇の力を応用した矯正)
当時は「矯正=子ども」という考えが主流で、成人矯正は一般的ではありませんでした。
稲葉先生は、成人にも応用できないかと考え、歯間にスペースを設けてシリコンを装着し、唇・頬・舌の筋力を利用して歯列を整える治療を行った症例を紹介されました。
1970年の症例(顎位を応用した症例)
反対咬合の症例において、中心位(CR)と中心咬合位(CO)に差があり、CRでは切端咬合、COでは下顎が前方へ突出する状態が見られました。
この症例では、中心位で安定して噛めるよう咬合調整を行い、筋肉バランスの取れた顎位へ誘導するという考えのもと、咬合と筋機能の調和を目指した治療が行われたとのことです。

舌の機能と口腔機能の整理
レオナルド・ダ・ヴィンチの比例法
ダ・ヴィンチは生涯で32体の犯罪人の遺体を解剖し、人体の比例、筋肉や骨格の関係を詳細に観察しました。
その考え方を引用しながら、筋肉と重力、顎運動との関係についての解説が行われました。
抗重力筋と筋収縮
人が立っていられるのは重力があるからであり、それに抗う筋肉を抗重力筋といいます。
無重力下では筋肉が育ちにくく、下顎を動かす際に力を加えると、反作用で身体が逆方向に回転するという印象的なたとえ話もありました。
筋収縮の種類として、
• 等張性筋収縮(アイソトニック)
• 等尺性筋収縮(アイソメトリック)
についても整理して説明されました。
舌の起始・停止と正しいポジション
舌には起始はありますが、明確な「停止」はありません。
もし完全な停止があれば、口は開かなくなってしまいます。
そのため臨床においては、舌の正しい居場所をどこに設定するかが極めて重要となります。
稲葉先生は、口蓋、特に切歯乳頭のやや前方を舌尖の理想的なポジションとして重視されています。
口腔機能の役割と正常な獲得目標
口蓋皺壁の役割
口蓋皺壁は、食物を咬合面へ導く重要な構造です。
舌で食塊をしっかり押すことで、咬合面に食物が運ばれ、嚥下へと移行していきます。
口腔機能の整理
• 咀嚼:食物を認知し、歯・舌・口腔周囲筋で一塊にする
• 嚥下:食塊を咽頭から食道へ送り、胃へ届ける
• 呼吸:基本は鼻呼吸、口呼吸は補助的
• 会話:舌と唇を使った人間特有の高度な機能
正常な口腔機能獲得の目標
• 良好な咀嚼機能の育成
• 舌と口腔周囲筋による正しい歯列形成
• 正しい嚥下機能の獲得
• 正しい発音機能の獲得
人間の成長と哺乳・母乳の意味
人間は未熟な状態で生まれ、歩くことも、よく見ることも、話すこともできません。
その理由として、人は成長すると頭が大きくなりすぎて産道を通れなくなるため、あえて未熟な状態で生まれてくるという考え方が紹介されました。
赤ちゃんは胎内でも指しゃぶりをし、哺乳の練習をしていること、母乳には栄養だけでなく免疫物質が豊富に含まれていること、そして母乳哺乳が口腔機能のトレーニングであることが強調されました。
また、フィンランド・ヘルシンキではおしゃぶりを積極的に使用し、哺乳やおしゃぶりを通じた機能育成文化があることも紹介されました。
舌癖と歯列・全身姿勢への影響
舌突出癖がある場合、前歯部の開咬、下顎歯列が舌の形をなぞるようなオメガ型歯列になりやすいといった特徴が見られます。
舌癖が疑われる所見
• 口蓋皺壁や上顎前歯舌側歯肉の浮腫
• 滲出液の存在
• 舌に歯型の圧痕
一方、舌機能が良好な方では口蓋皺壁は比較的平坦であるとのことでした。
評価方法と症例紹介
姿勢評価では、
首の傾き、肩の高さの左右差などが舌癖や全身姿勢と関連する可能性が示されました。
嚥下評価として、
舌の上に矯正用ゴムを乗せた状態で嚥下させる方法や、デンタルフロス・ストローを用いた評価方法も紹介されました。
咬合と顎関節へのアプローチ
ピーター・E・ドーソン先生のドーソンテクニックにも触れられ、稲葉先生が約60年前に実践していた症例も紹介されました。
左顎の疼痛症例では、咬頭そのものを削るのではなく、咬頭が入るスペースを調整することの重要性、咬合面を平坦化しないことの大切さが強調されました。
音による評価
かつては「サウンドチェッカー」と呼ばれる装置を用い、頬骨部にマイクを装着し、
関節音を音と波形で評価していた時代があったことも紹介されました。
開催予定のセミナー
| 開催日 | セミナー名 | 講師(予定) |
|---|---|---|
| 2026.7.18.SAT〜2026.7.20.MON | ’26 7/18~20(土・日・月祝)総義歯ライブ実習コース | 稲葉繁先生 岩田光司先生 |
| 2026.8.1.SAT〜2026.8.2.SUN | ’26 8/1・2(土・日)顎関節症ライブ実習コース | 稲葉繁先生 岩田光司先生 |
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